英語学習をしていたり、語学留学を検討していると耳にすることがある「TESOL」。海外でTESOL資格を取得できる留学プログラムや、「所属するフィリピン人講師が全てTESOL資格保有」と喧伝するオンライン英会話スクールなども増えてきています。
実際のところ、TESOLとは何なのでしょうか? TESOLを持っていると、英語学習者にどのようなメリットがあるのでしょうか? 謎の多いTESOLの正体について、神田外語大学大学院「MA TESOL プログラム」のディレクターを務める関屋康教授に詳しく伺ってみました。

―― TESOLのプロフェッショナルとして知られる関屋先生に、さっそくお聞きしたいのですが、TESOLとは一体何なのでしょうか?
Teaching English to Speakers of Other Languages の略称で、英語以外の言語を母語とする人々(英語圏の留学生や移民、そして外国語として英語を勉強している人たち)に英語を教えるための教授法を意味します。
TESL(Teaching English as a Second Language/第二言語としての英語教授法)やTEFL(Teaching English as a Foreign Language/外国語としての英語教授法)を含む総称として用いられることもあります。
TESOLは、その名が示す通り、基本的には英語教師を目指す人、英語を教える立場の人がさらなるスキル向上のために学ぶものです。英語教授法の基本やティーチング理論、異文化コミュニケーション論などを総合的に身につけていきます。
―― 先生もTESOL資格を保有されているそうですね。やはりTESOLを持っていると、「英検1級」や「TOEIC900点」のように就職や転職で有利に働くのでしょうか?
有利かどうかはさておき、TESOLは資格ではないので、この言い方にはやや語弊があります。
TESOLは、あくまでも英語教育において英語教授法を体系的に学ぶ学問領域の一つです。たとえば「応用言語学」や「英語音声学」を、誰も資格とは言いませんよね? ですから、正確には「TESOL資格を持っている」のではなく「大学院でTESOLを専攻し、博士号を取得している」ということになります。
TESOLは資格ではありませんが、TESOLに関する専門知識やスキルを持っていることを客観的に証明できれば、英語教育関連の仕事に就職・転職する際、有利となる可能性はありますね。
―― TESOLが資格ではないとは初耳です。さまざまな企業やウェブサイトは、TESOLを「世界に認められた国際資格」と表記していますが……?
現在では、世界中のさまざまな語学学校や大学、大学院がそれぞれTESOLを学べる多様なプログラムを提供しています。そのため、それらのTESOLプログラムを修了することが、いつしか「TESOL資格取得」と解釈されて誤解が広がったのかもしれません。
いずれにしても、世界標準の統一規格に基づいて特定の機関が付与する「TESOLという名称の国際資格」があるわけではないんですよ。

―― そうなんですね。インターネットで検索すると「TESOL International Association」という団体がヒットしますが、この機関がTESOLという資格を出しているわけではないんですね。
違います。これはTESOL領域の研究者や英語教員たちで組織された米国の国際学会です。シンポジウムの開催や論文の査読、学術誌の発行などを行う団体ですが、英語教授資格の付与はしていません。
―― つまり、TESOLという名前の資格があるのではなく、TESOL(英語教授法・英語教育学)という分野に学位保有者や民間資格保有者が混在している、といった状況なんですね。
そうです。「TESOL保有」という場合は、どのような機関の、どのようなプログラムを修了したのかが重要になります。
―― TESOLプログラムには、どのような種類があるのでしょうか。
修了時に取得できるのが「Degree(学位)」か「Certificate(コース修了認定証)」かで、大きく2つに分けられると思います。「Degree(学位)」が取れるプログラムとは、大学の学士課程や大学院の修士課程などでTESOLを学ぶコースです。大学によっては博士課程を設けているところもあります。
もともとTESOLは、応用言語学の一分野から発展していった学問領域です。1970年代頃より、独立した学位プログラムとして大学に採り入れられるようになりました。
これらのプログラムでは、通常1〜2年以上(400時間以上)にわたり、実践を交えながら英語教授法を多角的に学びます。理論だけでなく、実習指導といった実践的な課題が多いのも特徴です。
そのため Degree プログラムは、入学の際に一定以上の英語力(TOEFL iBT 90など)や、英語教授経験などを求められるのが一般的です。例えば、神田外語大学大学院で開講している「MA TESOL プログラム」では、学士以上の学位とTOEIC800以上の英語力を出願資格に定めています。

一方、「Certificate(コース修了認定証)」が取れるプログラムは、内容も期間もじつにさまざまです。語学学校や大学のサーティフィケート・プログラム(学位ではなく認定証書のみ取得可能なコース)を中心に、1〜3ヶ月程度(150時間程度)の短期コースから、1年かけてじっくり学ぶコースまで揃っています。英語初心者でも受講可能なコースや、40時間程度の講座をオンラインのみで受講する通信制コースもあります。
―― ひと口に「Certificate」と言っても、それぞれのコースの内容や難易度には大きな差がありそうですね。多数のCertificateプログラムの中から、良質なものを見極めるには、どうすればいいのでしょうか?
やはり、国際標準の資格として世界的に認められているものを選ぶことでしょう。その代表格が「CELTA」と「DELTA」です。
CELTA(Certificate in English Language Teaching to Adults)は、イギリス屈指の名門校・ケンブリッジ大学の一部門である英語検定機構(CAMBRIDGE ENGLISH Language Assessment)が認定する英語教授サーティフィケートです。成人に第二言語として英語を教える教授資格としては、最も認知度が高いといえます。
DELTA(Diploma in English Language Teaching to Adults)も、CELTA同様にケンブリッジ大学が認定する英語教授資格です。Certificateよりも上位のDiploma(専門士)が取得できるので、CELTAより難易度は高いと言えます。
両プログラムとも、ケンブリッジ大学英語検定機構から認証された教育機関のみで受講することができます。受講要件はそれぞれの機関によって異なりますが、おおむね大卒以上、IELTS8.0以上の英語力が必要です。DELTAの場合は、さらに英語教師として2年以上の実務経験が必要です。
―― ケンブリッジ大学のお墨付きなら安心ですね。
大学によっては、TESOLの学士課程や修士課程に入学を希望するCELTA/DELTA取得者に一定の単位互換を認める場合もあります。当大学院のMA TESOL プログラムでも、単位互換を認めています(DELTAは3単位、CELTAは2単位として認定)。このように信頼が厚いTESOL 領域の資格なので、求人の際にCELTA/DELTA保有者を優先的に採用する英語教育機関も多いです。
―― CELTA や DELTA 以外で、信頼できるCertificateプログラムはあるんでしょうか?
現状、個々のTESOLプログラムの質・レベルを評価する国際基準はありません。信頼できるプログラムかどうかは、担当する講師たちの経歴が大きな判断材料になります。TESOL領域の著名な研究者や教育者として、十分な実績を持つ人物が講師陣に揃っているかどうかは、重要なポイントです。
プログラムの内容や難易度にバラツキが大きいのは事実ですが、Certificateプログラムの取得に意味がないわけではありません。自身の知識を深めたり、キャリアアップのためにTESOLのCertificateを取得する人は大勢います。また、MA TESOL プログラムの準備段階として受講するケースもあります。当大学院でも「TESOL証書プログラム」というCertificate プログラムを提供していますが、コース修了後に取得した単位をそのまま引き継いで「MA TESOL プログラム」に移行することも可能です。
ただし、英語教育の世界では、一般的に「TESOL保有者」として認められるのは、少なくとも「MA(修士)」以上の学位からです。英語教育のプロフェッショナルを目指すのであれば、やはりMA(修士)以上のプログラムを選ぶべきだと思います。

―― なるほど。では、「全ての講師にTESOL取得を義務付け」とうたう語学学校は、MA TESOL の保有者だけを採用していると解釈していいのでしょうか?
通常、MA TESOLを取得するには1年以上の時間が必要です。学費にも数十万円〜数百万円のコストがかかります。そのため講師全員にMA TESOLの保有を義務付けるのは、簡単なことではありません。疑問を感じたら、講師が取得している学位や修了したTESOLプログラムの詳細について、スクールに確認するといいでしょう。
―― ちなみに、神田外語大学大学院の「MA TESOL プログラム」では、どんなことが学べるのでしょうか。
プログラムは、TESOLの基本的な教授理論と実践について学ぶ「TESOL教授法」を中心に、「実習・授業観察」「言語分析・習得・評価」「自由選択科目」「研究指導」の5つのモジュールで構成されています。プレゼンテーションやディスカッションを積極的に採り入れ、全体的に座学よりも実践を重視した内容になっています。
このプログラムでは、メインの受講者を「現職の英語教師」と想定しているので、授業は日曜日のみ開講しています。MA(修士)の授与には、必修単位を含む37単位以上(総授業時数は約440時間以上)の単位取得が必須です。おおむね2年〜2年半ほどの期間で、全プログラムを修了する設計になっています。
特長的なのは、非ネイティブの日本人への教授法を特に意識したTESOLプログラムである点です。非ネイティブに対する英語教育では、生徒たちの母語の言語特性や文化的背景、社会における英語の地位や役割も大きく影響します。つまり、日本で日本人に英語を教える場合は、それらを十分考慮しながら、指導方法や教材選びを最適化する必要があるんですね。
実際、海外のTESOLプログラムで学んだことが日本の教育現場では通用しなかった、という声はよく耳にします。せっかく時間とお金をかけてTESOLを学ぶのでしたら、「どの国(地域)で、誰に英語を教えるのか」を意識してプログラムを選ぶと、学びの効果を最大化できるのではないかと思います。
―― なるほど。TESOLには、コース修了証レベルのものから極めて専門性の高い学位プログラムまで、多様な種類があると理解できました。本日はありがとうございました。
【プロフィール】
関屋康(せきや・やすし) 神田外語大学 外国語学部 英米語学科教授。上智大学卒業後、同大大学院にて言語学修士課程を修了し、渡米。コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジにて応用言語学・TESOLの博士号(Ed.D)を取得。以降、長年にわたり英語教員の養成に尽力する。著書に『第二言語習得研究に基づく最新の英語教育』(共著、大修館書店)など。